5月26日 日曜日
【スイス】 バーゼル
目を覚ますと、何もない殺風景な部屋だった。
ほんとに何もない。
部屋の中にあるのはベッドだけ。
ベッドの上に置いてある簡易的なマットレスの上で寝袋にくるまって寝たんだ。
久しぶりに壁と屋根のあるところと、ゆうべの吟醸のおかげで完璧な熟睡をすることができた。
時間は10時。
カーテンから陽が差し込む薄暗い部屋の中で日記を書く。
外は雨は降っていないようだ。
今日はバッチリ歌えるぞ。
この部屋のトイレは壊れているので、したくなったら俺の部屋のを使っていいからね、とゆうべジョシュが言っていた。
シャワーも。
あいつはまだ寝ているけど、トイレは我慢できない。
申し訳ないがジョシュの部屋のドアをノックする。
なかなか起きない。
しばらく叩いていたら、前触れもなくドアが開いた。
中から裸のジョシュが究極に眠そうな顔をして出てきた。
「トイレかして。ごめんやけど。」
「………俺はまだ眠いんだよ………頼むよ………」
ぶっきらぼうに言い放って彼はすぐに自分の部屋に消えた。
体毛がすごくて全身が真っ黒だった。
一切の光を遮っている彼の寝室は完璧に真っ暗だった。
マジでバンパイアだな。
トイレを終え、ついでだからシャワーも浴びてしまおうと、シャンプーと石鹸を取りに戻って、ジョシュの部屋に入る。
「ヘーイ!!頼むよおー!!俺はまだ眠いんだよおおー!!」
真っ暗な寝室の中から声だけが出てきた。
「今シャワー入ったらダメかい?」
「おいおい、考えてくれよ。ここは俺の部屋だぜ。俺のルールに従ってくれよ。」
若干ムッとくるが、まぁ仕方ない。
ゆうべ、ジョシュに何時に起きる?と聞いた。
彼は14時には起きるよと言っていた。
時間はまだ12時。
たしかにちょっと早い。
彼がルールに従えと言うのなら、彼が言った時間までおとなしくしているしかない。
外からはチュンチュンと鳥の鳴き声。
早く歌いに行きたい。
1時間も無駄にすることはできないのに。
日記を書き続ける。
ついにすべての日記を書き終えた頃にはすでに15時になっていた。
ジョシュが起きる気配はまったくない。
ちなみにジョシュは仕事をしていない。
いつも真っ暗な部屋にこもってパソコンをいじり、楽器を鳴らしている引きこもりの生活をしているようだ。
しかし、そんなこと俺には関係ない。
やつには奴のルールがあるように、俺にだって予定ってもんがあるんだ。
とにかく、飯を食おう。
ゆうべのうちに電気ポットは自分の部屋に持ってきていたので、それでカップラーメンを食べた。
いや、マジで。
どん兵衛ってすげえ。
神の食い物かと思った。
こんなうまいもの、久しぶりに食べたわ。
しんとした部屋に夢中で麺をすする音が響く。
15時半。
ジョシュが起きる兆しゼロ。
もう、ダメだ。
もう待てない。
置き手紙を書いた。
そして荷物をまとめて家を出た。
すっかり時間を無駄にしちまったなぁと、建物から出ようとすると…………
頑丈な檻がしっかり閉じていて、外に出ることができない…………
くそ!!鍵がねえと出られねえじゃねぇか!!
ジョシュ起こさねぇと………
あー、ものすごく不機嫌になってるもんなぁ。
気が引ける。
が、起こさないと、俺はいつまでもここに閉じこめられてないといけない。
怒られるの覚悟でもう一度部屋に戻ってジョシュのドアをノックした。
コンコン………
コンコン!!
「あああああ!!!!ガッデム!!これで三度目だ!!三度も俺を起こしてくれたね!!どうもありがとう!!もう帰ってくれ!!ハバグッデイ!!」
予想以上のキレっぷりを見せるジョシュ。
こんなに寝起きが悪いの県営くらいしか知らねえ。
「ジョシュ、出て行くよ。出て行きたいんだけど鍵がねえと外に出られないんだよ。」
「……………ふん、そんなことわかってるさ。だいたいアジア人というのは歴史を見ても政治を見ても横柄なものさ。ヒロヒトがこれまで何をした?ハッ!!笑えるね!!」
ブチ切れながら独り言を言ってるジョシュ。
「いやー、三度も起こしてくれて、俺の日曜日をぶち壊してくれて本当に感謝してるよ。ありがとう。」
かちーん
「あああー!?日曜日ぶち壊されてるのは俺のほうだよ!!もう16時だぞ!?1日が終わっちまう!!」
「ここは俺の部屋だ!!俺がボスだ!!俺に従うのがゲストってもんだろう!!」
「そうだ、ここはジョシュの部屋だ。じゃあ俺はトイレをどこですればいいんだ?ジョシュが起きなければいつまでもここに閉じこめられてないといけないのか?ゆうべ14時に起きるって言ったよな?」
「俺はいつも20時まで寝てるのさ。」
「そうか、わかったから早く鍵を開けてくれ。」
「なんでリスペクトしないんだ!!心の中で俺のことを笑ってるんだろう!!みんなそうだ!!」
「わかったから、服を着て、鍵を持って、外に来てくれ。荷物はもう全部出してる。」
外に出て、鍵を開けてくれたジョシュ。
「どうぞ、キング。これであなたは自由です。」
「ありがとう。助かったよ。」
振り向きもしないで歩いた。
すでに16時をすぎている。
チケット代を稼ぐために1日も無駄にすることができないというのに、なにやってんだチクショウ。
コンピューターマニアのバンパイアとバトルしてる場合じゃねえよ。
でも寂しいやつなんだろうな。
ちょっと言いすぎたかな。
とにかく、明日にはチケット代を代理店に払いに行かないといけない。
あともう少しで目標金額に達する。
大事な日曜日だってのに。
トラムに乗って急いで街へ。
日曜日の夜だけど、バーは開いており、それなりに人通りはある。
何やらサッカーの試合をやっていて、どこのバーでもスクリーンを出して大盛り上がりしている。
ソッコーでギターを鳴らす。
よし!!いける!!パラパラとお金が入る!!
この時間からのスタートなので100フランもいけば上等だ!!
気合いで歌う!!
のだが…………
ついに雨が降り出しやがった。
昼間はあんなにいい天気だったのに…………
チクショウ………
でもこんなとこで諦めんぞ。
軒が出ているところに入りこんで、そこで路上再開。
クソ………
やっぱり雨だと足が止まりにくい………
こりゃ100フランいかないかも…………
と焦ってるとこだった。
隣のバーにいたサッカーファンたちがドヤドヤとやってきた。
今ハーフタイムになったところみたいだ。
「イエーーーーーイ!!!」
「フォーーーーー!!!」
もう大盛り上がり。
ギター貸してくれと言ってきて、みんなで大合唱している。
盛り上がりすぎ。
全員がコインを大量に入れてくれ、かなりの稼ぎに。
そこからなぜか大フィーバー。
雨の中、たくさんの人が傘をさして聴いてくれた。
喉と腹筋が限界に達して声が出なくなるまで歌いまくっているところに、パトカーがやってきた。
「はいはいー、日曜日は路上はダメなのよ。わかってた?」
「え?あ、いや、知りませんでした。」
「ふーん、ところであなたのパスポート、問題があるみたいね。はい、パトカー乗って。」
観客たちが見守る中、パトカーに連れ去られる路上ミュージシャン。
俺は現在、バリバリの不法滞在。
4日でシェンゲンを出て行けと言われて、今日で5日目。
そのことについて突っ込まれるが、この時のために旅行代理店でフライトの予約の紙を作ってもらっていたのだ。
それを見せる。
しばらく話し合いしたり電話してる警官たち。
「あなたは今ここにいてはいけないの。完全に違法よ。でも予約をとっていて、明後日にシェンゲンを出ていくのがわかってるから特別に見逃すわ。」
優しいお巡りさんたちで、俺がもっとスイスにいたいんですと言うと、なんで戻ってきたんだい?と俺の話を聞いてくれた。
スロバキアの警察の嘘に従ったらこんなことになってるんです!!
と思いっきり愚痴らせてもらった。
しかし優しくても、送ってはくれない。
町外れの警察署から、雨の中に放り出された。
元いた場所に戻してくれよな…………
仕方なくトラムに乗ってまた街へ。
濡れて、疲れて、バーガーキングに逃げ込む。
トイレでシャンプーをして、顔を洗い、チキンナゲットバーガーを食べながら、コッソリこいつで1人乾杯。
お疲れ、俺。
今日も頑張った。
あがりは212フラン。
3ユーロ。
5イギリスポンド。
うおらぁぁぁ!!!
見たかコノヤロウ!!
★現在、フラン総額
810フラン