12月27日 木曜日
【ブルガリア】 カザンラク
あ、あれ?
ここどこだっけ?
たまにベッドで眠ると、実家にいるような感覚に陥る。
あー、こっちに本棚があって、ここに窓があって、向こうにドアが…………
でもここはブルガリアだけどね。
ブルガリアの田舎町、カザンラク。
小綺麗なホステルの一室。
ホステルといってもバッグパッカーが使うような雰囲気ではない。
エアコンやテレビがあるツインの個室。
他に宿泊客はいないよう。
10日ぶりのシャワーを浴び、ヒゲもきれいに剃って部屋を出た。
下のレストランに鍵を返し、外に出た。
目の前に見えるゆうべのカフェ。
お礼を言いに行った。
「ゆうべはいきなりご飯ご馳走になってホテルまでおごっていただいてホントにありが………」
「はい、これ朝ごはん。コーヒーがいい?コーラがいい?」
…………テーブルに出てくる豪華な朝ごはん。
暖かいコーヒーが運ばれてくる。
えー、なんなのこれ…………
お金を払おうとするが、やっぱり受け取ってくれない。
さらに、次にトルコに行きたいんですと昨夜話していたんだけど、わざわざバスの時間を調べてくれていた。
な、なんで、そんなにしてくれるの………?
お互いまだ何にも知らないんだよ……?
「別に。したいからしてるのよ。」
あっさりとそう答えるママ。
無償の愛にもほどがあるぞ?
別れ際になって一気に全額請求されるんじゃないかと、そんな猜疑心さえふと胸をよぎる。
俺はまだ人を信じない男か。
こんなに愛をもらってもまだ。
世界遺産のトラキア人墳墓は、やはりこのカフェの上にあるみたいだ。
荷物を置かせてもらって、手ぶらで階段を登った。
緑豊かな静かな公園。
人の姿はほとんどなく、1組の家族が芝生の上を歩いている。
そんなのどかな公園の中にポツンと小さな建物があった。
これがトラキア人墳墓か。
ブルガリア、ギリシャの一部、トルコのイスタンブールから西側の地域、この一帯の土地の名称をトラキアと言い、住んでいた人たちがトラキア人。
紀元前に独自の文明を築いた民族だったそう。
このカザンラク周辺にはそんな彼らのお墓が多数発見されており、その中でもこの世界遺産に登録されているお墓は、紀元前4世紀のもので、見事な壁画が完璧な保存状態で残っており、貴重な文化遺産となっているってわけだ。
うわー、古代の壁画とか初めてじゃないかな。
日本ってそんなのなかった気がする。
チョードキドキする!!
ドキドキが止まらない!!!
閉鎖している………
はぁ、無駄足というやつですか…………
そうですか………
シーズンオフだから開けてませんってか。
ものすげー悔しい。
が、建物の横に博物館はこちらです→の看板が。
行ってみると、これまた小ぢんまりとした寂しげな建物があった。
入館3レフ。150円。
簡単な説明と、発見当時、中に一緒に埋葬されていた壺なんかの装飾品が展示してある。
世界遺産にふさわしくないテキトーな展示。
ここでお墓のレプリカも見ることができる。
入り口部分から再現されており、狭い穴をくぐって中に入ると、ドーム状の空間になっていた。
おー………これか。
頭上に描かれた見事な壁画。
テレビで見たことあるよ、こんなの。
馬の絵、従者、がいきいきと描かれており、中央におそらく偉い人であろう男性とその妃が手を取り合ってる。
まぁ、レプリカなんだけどね。
これが発見された時のエピソードがすごい。
時は第二次世界大戦中。
激しさを増す戦火を避けるために防空壕を掘っていた兵士がたまたま発見したってんだよ。
穴掘ってたらなんか大きな石にあたって、掘り進んだらそれが部屋になっており、中に入り明かりを灯したら暗闇にこの壁画が浮かび上がる。
そのシチュエーションを想像するだけですごく興奮する。
とんでもなくビックリしただろうな。
これが描かれたのは2500年前。
キリストが生まれる前だよ?
あの伝説みたいなキリストが生まれる前に人間が生きていた証明を、こんなにはっきりと見ることができるなんて。
しかも、男女の惜別の情なんて人間くさい感情まで手に取るようにわかる。
うわー、震えるわ。
地球にはなんて豊かな人間の歴史が存在するんだろう。
はるかな時を越えて、今俺はこれを見ている。
もっともっとあるぞ。
ピラミッドなんて見たらオシッコ漏らすんじゃねえか?
古代のロマンを感じてしばらくそこから動けなかった。
ちなみに写真撮るのはプラス5レフ。260円。
「どうだった?面白かったかい?はい、これお昼ご飯ね。」
カフェに戻ると、美味しそうなスープが待っていた。
だから、なんでそんなにしてくれるの?!
もうさっきの古代人のナニとかこの現代人のアレとかでわけわかんない!!
とにかく人間すげえ。
ママとパパが調べてくれた情報によると、トルコ行きのバスは夜10時にしかないようだ。
ずっと荷物置いとけばいいからというママのお言葉に甘えて、ギターだけ持って町に歌いに出かけた。
昼下がりのメインストリートには、溢れんばかりの人々で賑わっていた。
すでに正月休みに入ってるのかな。
子供たちは冬休みだろう。
暖かな日差しで上着もいらないくらいの気温だ。
そんな人ごみの中で歌った。
プロブディフでのリベンジ!!
うわー!!絶え間無くお金が入っていく!!
老若男女、みんなが聴いてくれる!!
頼むから警察来ないでくれー!!
あ、警察来た。
お巡りさんもお金置いてくれた。
カザンラク最高おおおおお!!!
ゆうべのサンタさんが、今日も子供たちと一緒に写真を撮っている。
俺に向かってグッと親指を立ててくれるサンタさん。
すると、あまりの大盛況ぶりにあちらこちらに散らばっていたジプシーたちがワラワラと集まってきた。
汚れて黒ずんだ顔で俺の足元のお金を凝視している。
ボロボロの服。
こりゃマズイな、と思いながら歌っていると、サンタさんがやってきて群がっていたジプシーたちを追っ払ってくれた。
正義の味方、サンタクロース。
そして聴いてくれていた人たちも、ジプシーがあなたのお金を狙っているからしまった方がいいわよ、と忠告してくれる。
あー、なんていい人たちなんだろう。
3時間歌い、お金をポケットに詰めこんで最高の気分でカフェに戻った。
「フミ、いくら稼げた?」
ママのテーブルに行き、稼いだ小銭を全部広げた。
「これ全部、今稼いで来たの?フミ!!すごいじゃない!!!」
ママと一緒に数えたら121レフあった。64ユーロ。
すげえ!!
そしてママはこの山のような硬貨を快く紙幣に両替してくれた。
「よし、フミ、チケットを買いに行こう。」
パパのカッコいい車に乗ってバスステーションへ。
またバスステーションの切符売り場のおばちゃんの優しいこと………
にこやかにいろいろと教えてくれ、45レフでトルコ最初の町、エディルネ行きのチケットを買った。
出発は今夜の10時。
カフェに戻り、晩ご飯。
可愛い娘さんのイザベラも加わり、まるで家族のようにテーブルを囲む。
サラダ、ステーキ、もちろんビール。
何も言わずに出てくる。
何も言わずに。
でもやっぱり後で全額請求されるのかなぁと不安は消えない。
だってこんな優しさありえないもん。
もちろん、日本を回っている時、信じられないような愛に満ち溢れた人たちと出会った。
北海道では息子のように迎えてくれるご家族と深い絆で結ばれたし、愛媛にも群馬にも和歌山にも大阪にも山口にも、あー、もうありすぎてわからんけど、とにかく素晴らしい人々と出会った。
その関係は今も続いている。
みんな見返りを求めない優しさを俺にくれた。
しかし、ここは外国だよ。
人間はみんな同じ、と口では言っても、やはり一抹の不安は拭えない。
なにか裏があるんじゃないかと考えてしまう。
そこにママたちの友人である家族もやってきた。
可愛いらしい奥さんとハンサムな男の子。
旦那さんが懐からチョコレートを取り出す。
ちゃんとお土産を持ってくるんだ。
さらに懐からウィスキーも取り出した。
こいつは君に飲ませるためだよ、と俺を見てニヤリ。
もうなんなの、ブルガリア(´Д` )
それからみんなで楽しいお食事。
人気店であるこのカフェは、夜になると満席状態になるんだけど、他のお客さんたちもみなとてもフレンドリーで、日本から来たのかい!?と大盛り上がり。
娘さんのイザベラは、日本の女の子と一緒でアイドルグループに首ったけ。
イギリスのワンダイレクションというボーイズグループに夢中で、彼らのPVを見せてくれた。
あー、最近このPV観たわ。
どっかのバーで。
若い爽やかな男の子たちが元気に歌ってるやつ。
平成ジャンプ的な。
ノーテンキな感じの。
「まったくこんなののどこがいいのかしらね。」
「もう!!」
呆れてるママに怒るイザベラ。
可愛い。
負けてられない!!と俺も日本のアイドルを紹介!!
日出ずる国の選抜アイドルだよ!!
まずは嵐だよね!!
国民的アイドルといえば!!
「うん。まぁ、いいんじゃない。」
は、反応が悪い(´Д` )
嵐でダメか。
えーっと、えーっと。
関連動画にキャリーパミュパミュがいたので、ああこういうのの方が若い女の子にはいいかな、と見せてあげたら、完全にムカついた顔をしている。
「あ、気に入らない……?」
「……うん。」
今度こそ!!と江頭2:40を見せたら戸惑いを隠せない顔をしていた。
日本軍、惨敗。
楽しい楽しい時間はドンドンすぎていく。
あああああ、行きたくない。
この夜にもっと浸っていたい。
でも先に進まないと。
次の国はトルコ。
ついに焦がれたトルコに入れるんだ。
行かなければ。
「20年前ベトナム人がこの町に来たんだよ。そのとき町から野良犬と野良猫が消えたのさ!!あっはっはっはーー!!!」
9時半。
タイムアップだ。
はあああ!!なんで行くんだよ!!
今夜までいなよ!!
別れを惜しんでくれる人たちとハグし、カフェを出た。
パパの車に荷物を積み込み、家族3人みんな一緒にターミナルへ来てくれた。
こんな暖かい気持ち、久しぶりだな。
ユーゴスラビア圏でだいぶ荒んでしまっていた心が完全に潤されたよ。
そしてやっぱり、いや、予想通り、彼らは俺に一切のお金の請求をしなかったよ。
一言もお金のことを口にしなかった。
わかっていたよ。
でもやっぱりとてつもなく嬉しかった。
みんなとハグをして切符売り場へ向かった。
ブルガリア、最後にこんな素晴らしい夜をありがとう。
「すみません、あの、チケットの日にち、明日に延ばすことできますか?」
「いいわよ。」
車に乗り込みカフェへ。
ドアを開けてハロー!!と言うと、大歓声が巻き起こった。
もう1日いさせて!!!
ブルガリア!!