10月22日 月曜日
窓の外は霧におおわれていた。
閑静な住宅地は白くぼやけ、すべてが閉ざされている。
台所に降りると、ママがサンドを作っていた。
心からの優しい笑顔でおはようと言ってくれる。母親の優しさは最高の安らぎをくれる。
「フミ、あなたはとても明るく、コミュニケーションしやすいわ。前にアメリカからやってきた男の子を泊めたことがあったけど、彼は心を閉ざしていて、私たちがなんとかその心を開かせようとしたけどできなかったの。人は様々だわ。あなたはきっとどこでも好かれるわ。」
そんなことない。俺は本当に口ベタでコミュニケーションをとるのが苦手で、それがコンプレックスになってるほどだ。
人と話していて気まずい空気を作ってしまいことがとても辛い。
静かな家の中、まるで世界に2人きり。
ママの言葉がとても嬉しかった。
荷物をまとめて家を出た。
「もしかしたらお金のためにこの家を売らないといけない時が来るかもしれないけど、でも、いつでも戻ってきていいんだからね。あなたをいつでも待っているわ。」
家の前まで送ってくれるママ。
パックしたサンドとリンゴを持たせてくれる。
思いっきり抱きしめた。
ありがとう、ママ。
あなたの笑顔と優しさを一生忘れません。
そして父さん。仕事に出かけていて会えなかったけど、あなたが教えてくれた幸せに生きることの尊さを胸に生きていきます。
枯葉舞う道を歩きはじめた。
振り返ってはいけない。
戻って抱きしめたい。
でも先に進まなければいけないんだ。
トラムに乗ってセントラルステーションに着いた。
ワルシャワ行きの列車のチケットを買う。
ほとんどの人が英語をしゃべれないが、なんとか身振り手振りで安いチケットを買えた。
61ズウォティ。7時間の道のりだ。
色んな奇跡があったブロツワフの町を離れていく列車。
古い列車はきしみながらスピードを上げる。
霧にけむるポーランド。歴史の悲しみを覆い隠すように。
たくさんの駅に止まった。
すべてが濃い霧に覆われ、人々はその霧の中からやってきて、そして消えていく。
古びた駅舎はまるでモノクロの映画のよう。
そのモノクロのフィルムの中で、赤いリンゴをかじった。
22時ちょうどに、列車はポーランドの首都、ワルシャワに到着した。
地上に上がると、目に飛びこんできたのは、巨大な高層ビルだった。ネオン看板か霧にぼやけ赤く染まっている。大きな道を走る車の列。都会だ。
あてもなく歩いた。
この建物が乱立する都会が、かつてはドイツ軍によって瓦礫の山にされた場所だとにわかに信じがたい。
この霧が、暗澹とした悲しみをより一層引き立たせている。
手足がかじかむほどの冷たい風が落ち葉をふきだめ、俺の心にも悲しみをふきだめる。
ダメだ。こんな悲しい国にいると俺までパワーダウンしてしまう。
こんな気持ちでアウシュビッツなんか行ったらしばらく立ち直れなくなりそうだよ。
落ち葉が知っているのは
たった1年分の悲しみだけ
アスファルトの上でかさかさと
誰かの悲しみを囁いている
黒い影がコートの襟を立てる
逃げ場もなく廃墟にもぐりこんだ
ワルシャワの晩秋