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心のこもったお金


2016年9月9日(金曜日)
【オーストリア】 クレムス





朝、寝室を出ると家の中には誰もいなかった。

イングリッドおばさんは午前中のお仕事に出かけているし、レイモンドパパはまだ病院だ。




昨日イングリッドおばさんから家の鍵を渡された。

いつまででもいていいし、好きな時に自由に出入りしてくれていいからと言って抱きしめてくれるイングリッドおばさん。


どうしてそんなにも信用してくれるのか尋ねると、あなたもそうしたじゃない、と笑いながら言う。








イングリッドおばさんと出会ったのは4年前にクレムスで路上をやってる時だった。


1人で歌っている時に、お買い物に来ていたイングリッドおばさんとレイモンドパパが通りがかり演奏を聞いてくれた。


その時俺はどうしてもオシッコに行きたくてたまらなかったんだけど、1人だったので荷物を見ててもらえる人がおらず、どうしようかと我慢していたところだった。


なので曲を終えるやいなや、素敵な笑顔で拍手してくれるイングリッドおばさんたちに、この荷物ちょっと見ててもらえませんか!?とお願いして、ダッシュでトイレに走った。




トイレに行きたくなって観客の人に荷物を見ててもらうのは1人で路上をしてるとたまにあることだ。
信用出来そうな人を見る目はあるつもりだし、ヨーロッパだったらなおさら何も起きることはない。


日本だったらお金をほったらかしてトイレに行っても誰も手をつけないくらい安全だ。



でもイングリッドおばさんはあの時のことに驚いていた。



「あの時私がお金とか荷物とか盗んで逃げていたかもしれないわ。でもあなたは私たちを信用してくれた。あれと同じことよ。アッハッハッハッハ!!」



それにしても大事なものが全て詰まっているマイホームの鍵を渡してくれるなんて、イングリッドおばさんが寄せてくれている信頼を裏切らないように大事に使わせていただかないとな。
















冷蔵庫の中身は全部あなたたちのものだから好きに使ってね!!と言ってくれていたイングリッドおばさん。

俺が日記を書いてる間にカンちゃんが朝ごはんを作ってくれた。





茹でたソーセージ、ゆで卵、ハム、チーズ、そしてパンと紅茶とオレンジジュース。

朝の日差しが窓から差し込んでとてもとても気持ちいい。

静かな家の中、2人でモグモグとパンをかじる。




キッチンにドイツ語のラジオがずっと流れているのは、部屋の隅で飼っている小鳥のためだ。

家に誰もいなくなった時に小鳥が寂しくないようラジオをずっとかけっぱなしにしているのよとイングリッドおばさんが言っていた。

だから家を出る時もラジオは切らなくていいからねって。


イングリッドおばさんって本当に優しい人だ。

















快晴の青空が広がる下をのんびりと車を走らせる。





シュピッツからクレムスに向かう間には、5つくらいの小さな小さな町があり、どれも時が止まったような古びた様子だ。


時間を見つけて全部見て回ろうねとカンちゃんと話しながらアクセルを踏み、20分でクレムスの町に到着した。



よし、久しぶりのオーストリアでの路上だぞ。




「よーし、頑張っていい歌うたうぞーってカンちゃんその格好変じゃない!?」



「え?なにがー?」





「だってサンダルに靴下て、近所のスーパーに買い物に行くおばさんじゃない?」



「ちがうんやよー。今は靴下が流行っててねー。サンダルに靴下を合わせたりするんです。」



新しいワンピースでウキウキのカンちゃんとクレムスのショッピングストリートにやってきた。



町の入り口である塔のゲートをくぐると一本の通りがのびており、両側にズラリとお店が並んでいる。

日本でいうアーケード街みたいな感じだ。


昼間から人々が買い物に出てきており、カフェやレストランではみんなゆったりとコーヒーを飲みながらお喋りをしている。






さてー、早速やってみようか。

通りの真ん中にあるスパーの前でギターを取り出して、通りの幅と響きに合った声の出し方を探しながら歌い始める。






ちょこちょこと入りだすコイン。

でもそんなに入りかたは多くない。




すると3曲目を終えたところだった。


横の角からホームレスのおじさんが出てきてこっちに歩いてきた。真っ直ぐにギターケースに向かってくる。


ボロボロに破れた黒い服、伸びっぱなしの髪の毛、何年も洗ってなさそうな汚れた肌、ヒゲもすごくて顔もよく見えないくらいだ。


瞬間、お金を盗られる、と思って警戒した。


そしてそのホームレスは俺の前までやってきて、腰をかがめてギターケースに手を伸ばした。



あ!!やばい!!と思ったその時、おじさんの手からハラリと何かが落ちた。



それはなんと5ユーロ紙幣だった。




え!!??どういうこと!?!?

どういうことどういうこと!?!?!?




ホームレスのおじさんはズタボロの後ろ姿で去っていく。

あまりのことに混乱してしまって歌う声がうわずってしまった。




いつもなら金をせびってくるかあがりを盗もうとしてくるかしかないホームレスの人たち。

まさかそのホームレスが5ユーロ紙幣を入れてくれるなんて!!!!



5ユーロ紙幣って600円くらいのもんで、日本と物価が同じくらいのオーストリアではそんなに大きな金額ではないが、路上のチップでは2ユーロコインと5ユーロ紙幣の間には大きな壁がある。


本当に演奏を良いと思ってくれて、心に届いた時にコインから紙幣に変わる。



それをまさか日々の食い扶持にも困ってるはずのホームレスからもらえるなんて。





混乱してしまうが、なんとか歌いながら考えた。

追いかけて行って5ユーロを返すか?僕よりもあなたに必要なものですって言って。


でもそれこそものすごい侮辱だ。

ホームレスは路上のパフォーマンスにチップを払う権利もないのか?いや、そんなことは絶対にないはず。

ならばいつものように笑顔でありがとうと言って受け取るべきだ。お金持ちからの50セントも、ホームレスからの5ユーロも、同じく尊いものなんだから。




とにかく驚いた。


ホームレスや物乞いの人は、路上で稼ぐ俺を目の敵にしてくることが多い。

でもそんな彼らすら演奏で笑顔にすることができたら、それこそが本物のミュージシャンだ。


そして音楽にはそれだけの力があるはず。
















ここ連日、すごい青空の好天が続いている。


こんなに連日30℃を超える夏日が9月にあるっていうのはオーストリアでは初めてのことらしく、みんな暑い暑いとうんざりしている。

なので1番暑い午後の時間帯にはあんまり人が町に出ておらず、パラパラとしかチップも入らない。

あまりにも暑くて、俺も日向から日陰に避難して演奏を続ける。




タフガイがアイス、それがヨーロッパ。












あ、あれ?今なんか変なのがいたような気が……………










風船をくばる蜂。





いやぁ、4年前のクレムスにも変なのがいてこの書き方で日記書いたのが懐かしい…………














まぁ今日はこんなもんかなと、終わろうとした時だった。


1人のおばちゃんが話しかけてきて、来週の金曜日までこの町にいる?と聞いてきた。



「来週の金曜日、うちの旦那の誕生日パーティーなのよ。だからそこに来て歌ってもらえると嬉しいわ!いくらぐらい払えばいいかしら?」



路上をやってると、このパーティーのお誘いって結構ある。

パーティーには生演奏、っていうのがヨーロッパでは本当に一般的なんだろうな。



いつもは移動移動で1週間も同じ町には滞在しないので断ることが多いんだけど、今はもちろんオーケーだ。


お金なんて気にしないでください!マイプレジャーです!と言って連絡先を交換した。


今日のあがりは2時間ちょいで174ユーロ、19900円。






歌ってる場所の目の前にすっごいオシャレなオイルのお店があった。














これ素敵だなぁ。うんうん、これは使えそうだ。

















「フミ君、さっきのお金なんて気にしないでくださいっての、どうかなぁって思うなぁ。」



路上を終えてシュピッツに帰る車の中でカンちゃんが言った。



「なんか安売りみたいになると思うなぁ。ヨーロッパの人でそんなことないとは思うけど、お金なんて気にしないでくださいって言葉を本気にして、2時間くらい演奏して1円もくれないかもしれないよ?」



俺は一応音楽で飯を食ってる。

演奏したらお金をもらわないといけないよってカッピーからも言われてる。

でも演奏するからお金ちょうだい、って言うのもなんかやりにくいんだよなぁ。

お金に直結してしまうことがなんか受け入れにくい。


これでいつもカッピーを困らせてしまってるのはわかってるんだけど。




もしお気に召したらお気持ちのチップを入れてくださいっていうのが路上パフォーマーのやり方だ。

1曲いくらっていう流しの人とはちょっと違う。

そのやり方が染みついてしまっているから、アグレッシブに行きにくい。






もちろんもらえたら嬉しい。たくさんもらえたらとても嬉しい。

きっとパーティーに行って俺がちゃんと良い演奏すればチップをあげようって思ってもらえるはず。

逆に俺が下手な演奏をすれば報酬は発生しないと思う。



ていうか喜んでもらえれば、別に全然もらえなくても俺は構わない。



もらえたとしたも、今日のホームレスのおじさんみたいに心のこもったお金だったら金額は関係ない。


このあたり、ビジネスとしてははっきりさせたほうがいいんだろうけど、上手くやれないなぁ。

気にしないでくださいって言いながら、もしもらえたら嬉しいっていうのもズルい気はするけど。


とにかく全力を尽くすことだ。


















シュピッツに帰ってくると、家の中にレイモンドパパがいた。

無事、病院から退院してきたようだった。



「パパ!!大丈夫ですか!?」



「バッハバッハ、モーツァルト。」



英語が全く喋れないパパがニコニコしながらTシャツをめくってお腹を見せてくれた。


盲腸の手術ってどんなのなんだろ?って思ったら、ヘソの下と両脇の2ヶ所、計3ヶ所に小さなバンソーコーみたいなのが貼ってあるだけだった。


どうやら切開ではなくて中にスコープを入れてカメラを見ながら施術するタイプのやり方だったみたい。


それでもやはり結構痛むようで、そろりそろりと歩いてソファーに戻っていった。


優しい優しいパパの笑顔がまた見られてすごく嬉しい。

いい旦那さんだよなぁ。









イングリッドおばちゃんは夜も近所のお店のお手伝いに行っているので、この日はカンちゃんと2人でパスタを作って食べた。


いつも車の中で小さなキャンプ用ガスコンロで料理を作っていたので、この広くて充実したキッチンが楽しすぎる。

調味料もお皿もありとあらゆるものが揃っており、なんでもアレンジし放題だ。



カンちゃんがジャガイモのスープスパ、俺がナポリタンを作った。



美味っ!!!!俺のナポリタン美味っ!!!!



よーし、どっかで誰かにご飯作る機会があったら、いやぁ、俺って料理とか全然ダメなんだよね、本当、昔ながらの洋食屋さんのこってりナポリタンくらいしか作れないんだよね、あ、ごめんそこの白ワインとってもらっていい?ってムカつく顔でフライパン振ってやろう。



あー、楽しいなぁ。

毎日めっちゃ充実してるのを感じる。


誰がなんと言おうと、自分のやってること楽しんだもん勝ちだ。




イングリッドおばちゃん、おかえり!お仕事お疲れ様!!









~~~~~~~~~~~~~~~~~~


台湾のホテルをアゴダでとってくださったかたがいました!!


そろそろ本場の中華食べたい。

ていうか台湾で吉野家食べたい。


どうもありがとうございます!!

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